消滅時効に関して判断した最近の最高裁判決

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最高裁判所令和3年11月2日判決

~人身損害の内容が確定していなくとも、物的損害の時効は進行すると判断した最高裁判例~


1、事案の概要
①平成27年2月26日、Yが所有し運転する大型自動二輪車(以下 「本件車両」という。)とXが運転する普通乗用自動車が交差点において衝突する事故(以下「本件事故」という。)が発生した。
 Xは遅くとも平成27年8月13日までに本件事故の相手方がYであることを知った
 Xは、本件事故により頸椎捻挫等の傷害を負い、通院による治療を受け、平成27年8月25日に症状固定の診断がされた。また、本件車両には、本件事故により損傷(以下「本件車両損傷」という。)が生じた。
②Xは、平成30年8月14日、本件訴訟を提起した。Xは、本件車両損傷を理由とする損害の額について、本件車両の時価相当額に弁護士費用相当額を加えた金額であると主張し、同金額の損害賠償を求めた。
 これに対し、Yは、本件車両損傷を理由とする不法行為に基づく損害賠償請求権について、本件訴訟の提起前に短期消滅時効(※民法改正前の規定)が完成していると主張して、これを援用した。


※民法改正(令和2年4月1日以降に発生した交通事故に適用されます)により、物的損害は損害及び加害者を知った時から3年、人身損害は損害及び加害者を知った時から5年の時効期間となっています。ただし、本件は「改正法施行日前に債権が生じた場合」に該当しますから、原則として改正前民法が適用され、物的損害・人的損害ともに損害および加害者を知った時から3年の時効期間となります(もっとも、令和2年4月1日後に3年の期間が経過した人身損害は新法が適用され5年の時効期間となります)。問題は、物的「損害」は事故後ほどなく判明するのに対し、人的「損害」は症状固定の診断が出ないと判明しないため、時効の起算点が異なってくるのではないかとの点にありました。


2、原審(大阪高等裁判所)の判断
結論:Yの短期消滅時効の主張は認められない
理由:
 同一の交通事故により被害者に身体傷害及び車両損傷を理由とする各損害が生じた場合、被害者の加害者に対する車両損傷を理由とする不法行為に基づく損害賠償請求権の短期消滅時効は、被害者が、加害者に加え、当該交通事故による損害の全体を知った時から進行するものと解するのが相当である。
 Xが本件事故による損害の全体を知ったのは、症状固定の診断がされた平成27年8月25日であると認めるのが相当であるから、本件訴訟が提起された平成30年8月14日 の時点では、XのYに対する本件車両損傷を理由とする不法行為に基づく損害賠償請求権の短期消滅時効は完成していなかった


3、最高裁判所の判断
結論:破棄自判(Yの短期消滅時効の主張は認められる)
理由:
 交通事故の被害者の加害者に対する車両損傷を理由とする不法行為に基づく損害賠償請求権の短期消滅時効は、同一の交通事故により同一の被害者に身体傷害を理由とする損害が生じた場合であっても、被害者が、加害者に加え、上記車両損傷を理由とする損害を知った時から進行するものと解するのが相当である。
 なぜなら、車両損傷を理由とする損害と身体傷害を理由とする損害とは、これらが同一の交通事故により同一の被害者に生じたものであっても、被侵害利益を異にするものであり、車両損傷を理由とする不法行為に基づく損害賠償請求権は、身体傷害を理由とする不法行為に基づく損害賠償請求権とは異なる請求権であると解されるのであって、そうである以上、上記各損害賠償請求権の短期消滅時効の起算点は、請求権ごとに各別に判断されるべきものであるからである。


4、コメント
 本判決の実務上の影響は大きいと思われます。
 最高裁判例によって、人身損害賠償請求と物的損害賠償請求について訴訟物が別個であることが明確になった以上、その請求による時効完成猶予(※ 民法改正前の「時効中断」)の範囲には注意が必要です。すなわち、人身損害賠償請求のみについて裁判外の請求(催告)をしたものの、物的損害賠償請求は消滅時効が完成してしまうというような事態が考えられるからです。


※時効の完成猶予とは、時効の完成が一定期間だけ猶予される、言い換えると、一定期間内に時効期間が到来しても時効が完成しないことをいいます。

時効の完成猶予事由には以下の場合があります。
・裁判上の請求(訴えの提起)
・強制執行・競売
・仮差押え
・裁判外の請求(催告)
・協議を行う旨の合意
・天災

 

以上